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飼育✻販売のお仕事
第17章 疼く想いを



 たかが一年の無報酬労働だ。

 もとより、不自由ほど人間を安楽にいざなうものはなかろう。


 人間は、多数派同調バイアスの本能が備わる動物だ。不羈に憧れ、自我というものを口先では尊んでおきながら、他者や、或いは不可視の力に巻かれていなければ心許なくなる。

 何故なら彼らは、言語や知恵を得たばかりに他の動物達との間に差別化を図り、神の許可も得ないで世界をつくり変えてきたからだ。我欲や体裁、常識、概念──…そうしたものに固執して、桎梏し合う人間は、気まぐれな犬や猫より飼われる素質に優る。

 幸福と呼ばれる現象も、同じだ。口先で讃えることは容易い。だが、実際にはどれだけの割合の人間が、そうした現象を目指していることか。

 幸福は、正当だという。

 まことに正当が幸福に結びつくというのであれば、誰もが一緒になって守ろうとしたのではないか。



「砂の城って、一時間後にもなると、浜辺にいる誰もがそんなところにそんなものがあったなんて気付かないわよね。……たとえばスイカ割りをしたい人達からしてみれば、砂の城は邪魔だから」

「……はい」

「安らぎも幸せも、同じこと。普遍的なものではないの。その定義は曖昧で、誰にも共通しているものではないわ。幸福が正当とされるなら、それを手に入れてる人間はごく僅か。仕方ないこと。誰かが思い通りになれば、踏み台だってあるんだもの。……おかしいことね。人間は他人に合わせたがる。毎日笑って暮らせる人間の方が珍しいのに、オールマイティを愛する人間が、自ら幸福という少数派に属したがるなんて。バランスが悪いと思わない?」

「別に、……」

「押しつけるつもりはないわ。ただ、貴女のために言わせて。幸せと呼ばれる現象なんて、幻想なの。ひととき感じることならあるかも知れない。ただ、築くのは困難だわ。壊れるのは一瞬なのに。ただ一瞬で壊れるもののために努力しようとするなんて、馬鹿げている」

「…………」

 まおは、里子の持論を否定も肯定もしなかった。

 外に父親を待たせてある。そう言って、立ち去った。
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