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飼育✻販売のお仕事
第18章 魅惑の花はどこで啼く
「あ、ベガっ、そんなすり寄っちゃお客様のお洋服……」
「良いじゃない。これくらい懐っこい方が可愛いわ。おとなしい……あったかいわね。それにすごく綺麗な目。ベガちゃんっていうの?」
「本当は名前をつけちゃいけないんですけど。店長が隠れて呼んでます」
「…………」
女の顔に、にわかに神妙な影がかかった。
「……あの、お客様?」
「あっ、そう、そうなの。ごめんなさい、ぼうっとしちゃって」
「ダメですよね、やっぱり、お売りするものを名前で呼んじゃ……」
「ううん。違うの。昔いたウサギにアルタイルという子がいたから、吃驚しちゃって」
「おおっ、そうでしたか」
「大切な人も可愛がってくれていた子なの。彼の奥さんがウサギさん嫌いじゃなかったら、彼には……ベガって……」
女の口がはたと止まった。
「ごめんなさい、私ったら何を──…。気にしないで。こんな話をするつもりじゃ、……」
「いいえ」
不倫というものを非難しようとは思わない。
ただ、女の話は、今になってりつきから真正の記憶を引き出した。
幼かった来し方、母親は毎日泣いては周囲に辛く当たっていた。りつきは蔑ろにされる寂しさ故に、わがままを撒き散らしていた。
あの頃、りつきは幼心ながらに顔も知らない女を憎んだ。悪魔の死を聞いた瞬間、世界は薔薇色に輝いた。
女は、また明日来ると言って帰っていった。
昔暮らした街を観光がてら回るらしい。りつきがまおの出勤時刻を伝えると、帰りの電車に間に合うと言って手を振った。