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飼育✻販売のお仕事
第19章 甘い残り香
自己防衛本能が、里子に警報を打ち鳴らしていた。
得体の知れない予感におびやかされながら、里子は更衣室で着替えたあと、りつきを連れて、馴れ親しんだ帰路を歩いた。りつきも里子に歩調を合わせていた。
電車のホームは、帰宅途中の会社員らがまばらにいた。
雑音の散らばる光景は、世界の中のどこでもないような晦冥から、里子達をつかの間の現世に引き戻した。
車両に乗ると、里子はりつきの世間話に終始耳を傾けた。
努めて口数を減らした。りつきの話が聞きたかった。
学校に通っていた時分のこと、卒業してからおよそ一年、伊澄や浩二の休みの日だけを楽しみに日々を過ごしていたこと、幼かった頃の夢、好きなもの──…りつきの話は、それだけ里子に彼女に関する知識を与えた。
りつきの生活の中心軸は、当然、浩二も補翼していた。里子の奥底で蠢く複雑な逃避願望は、りつきの笑い声を聞いていたい本能にくずおれていた。そう、面白くもない話に笑っている振りをしているだけで、その小動物は、容易く赤の他人にも腹を見せる。
実家が風俗店経営だというのは、違ったらしい。風俗。その認識は、里子とりつきの間に誤差があった。今となってはどうでも良い。りつきの父親が実業家でも、やはり風俗店経営者でも、りつきが彼女自身であることには変わりない。