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飼育✻販売のお仕事
第19章 甘い残り香
* * * * * * *
「新崎さん」
浴室から戻ったりつきにドレッサーのスツールを勧め、里子は湿ったパステルピンクを束ねていたヘアゴムをといた。
一本でも抜け落ちることを許さない、里子は高貴なガラス細工でも扱う手つきでりつきのミディアムロングの髪を下ろすと、華奢な肩にかかっていたタオルに挟み込みながら、その水気を除いていった。
「お湯、あたたまった?」
「はい、それに店長の……良い香りがしました」
「貴女も同じ香りだわ」
絡みやすい湯上りの髪をひと束掬って、指の腹を滑らせた。
りつきに染みているのはヘアオイルのフレグランスだ。里子の愛用しているブーケの匂い。
だが、この濡れた髪の質感は、里子の指に別の少女の記憶をもたらす。
「…………」
ドライヤーの熱を通すと、甘い匂いが濃密になった。
里子の髪にも染みたブーケは、未だかつてこうも官能的な誘惑を撒き散らしたことがあったろうか。
「痛くない?」
「気持ち良いくらいです。店長、美容師さんもされてたんですか?」
「こういうのも家政婦の仕事だったの」
「あっ、そっか」
里子は、こうして幼い令嬢の髪を幾度となく乾かした。里子が担当していた仕事ではない。一般家庭の育ちあればとっくに身の回りのことくらいは出来るようになっていかなければいけない令嬢は、常に多くの家政婦に囲われており、里子はその一人に過ぎなかった。
名前は何といったろう。
お嬢様。そう呼んでいた。
いとけなかった少女の髪は、子供らしい艶に潤い、当然パーマや染色の施されたことのなかったそれは、里子の目に、希望の象徴とさえ映ったものだ。