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飼育✻販売のお仕事
第19章 甘い残り香



「二股とか、裏切りとか、大嫌いでした」

 りつきらしからぬ調子の声が、里子の怯えに波紋を広げた。

「昔、お父様は家族に嘘をついていました。浮気していました。私は、それで傷ついてきたお母様を見ていました。それで私は一人ぼっちになりました。お父様のしたことが、許せなかった。あんな大人には絶対ならない。そう決めていました。結婚するまで、人前で裸になっちゃダメ。いやらしいことをしてはダメ。お母様が私にそう仰ってきたの、どうしてか、分かるんです。私は王子以外を好きになるつもりはありません。けど、周りの皆は、恋人さんと別れたり、新しい人とお付き合いしたり、そういうことだってあります」

「…………」

「私がお母様の立場だったら、悲しいです。私は王子に悲しんで欲しくない。……ですけど」


 里子は、りつきの側に膝を下ろしていた。

 櫛を渡しかけた手は、りつきの片手を握っている。櫛を受け取りかけたりつきの手も、里子のそれから離れようとする気配がない。

「どうしたら良いか分からないんです。こんなに王子が好きなのに……店長といると胸が苦しい。私なんか、店長に釣り合うはずない。なのに……店長と一緒にいると、お父さんみたいなこと、考えちゃって……」


 …──だから、鈴花さんがどんな人だったのか、知りたくて。


 りつきのささめく唇に、キスを重ねた。

「っ…………」

 薄くなよらかな唇は、里子の渇きを癒してゆく。

 王子。りつきの甘やかなソプラノに、それ以上は呼ばせたくない。


 里子の私欲は、瞬く間に欲望になる。


 ただこの皮膜を味わいたい。りつきの味を閉じ込めた、花びらを味わい尽くしたい。
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