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飼育✻販売のお仕事
第20章 家庭訪問〜十四年前の扉が開く〜
(お帰りなさいっ、お父様!)
その男は、とても不実を犯している背信者には見えなかった。
溌剌とした生気に溢れ、若くしてあらゆる事業を成功させてきただけある自信に満ちた活気の眼差し──…当時の里子の雇い主、新崎真正は、使用人らに砕けた冗談を振り撒いて、一人娘に目線を合わせてしゃがんでは、日々の報告に笑っていた。娘の勉学には厳しかったが、我が子の成長を見守る父親の目は、当然、彼の最愛であるはずのパートナーにも有効だった。
「りつき!」
招かれざる客の一喝は、里子からかつての記憶を引きずり出した。
「帰るんだ、りつき。それからいい加減にその髪の色はやめなさい、何度言ったら分かる!」
「理由は?私が帰るならお父様は王子に謝って!」
「あいつも奇妙な髪の色をしていたな……柚木と言い、お前はおかしなやつの影響を受けやすいんだ、お前の縁談はお父さんがちゃんとした家庭と整えてやる。さぁ、帰るぞ」
「おじ様、オレからも申し上げます。ペットショップでの労働は、りつきさんにとっても社会経験じゃないですか?」
「っ…………」
覚えている。白々しい平穏のとり憑いていた屋敷の中で、幾度となく、里子の耳はあの声があの名前を呼んでいたのを聞いていた。
りつきの顔かたちはかの令嬢の面影があった。だが、パステルピンクに染まった黒髪、奇抜な洋服に合わせた化粧も相成って、十四年という歳月は、子供を少女に変えるだけの釁隙だった。
何より里子の胸奥をざわつかせた旧懐、その誘因がこうした偶然であろうとは、夢にも思いたくなかったものだ。そう、里子は自制していた。安らぎと絶望をひとところに持ち合わせていた来し方の少女に、里子はりつきを重ねることを怖れていた。