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飼育✻販売のお仕事
第22章 疑惑〜不実の赤心〜
* * * * * * *
男は、かつて平凡な日常を謳歌していた。
人並みの大学を出たあとは、人並みの企業に就職、それから気のおけない女と生涯の誓いを交わして以降、やはり人並みの家庭を築き上げていった。
平凡は男の幸福だった。時折起きるほんの些細ないさかいは、ぬるま湯に浸かった男の脳を適度に引き締める役目をなした。
男が細君と暮らして十年、二人の間に産まれた男児は、小学二年に上がっていた。
生後まもなかった頃の男児は手の焼ける小動物同然だったが、男は細君と共にあらん限りの愛情を注いだ。甲斐あって、男児は日ごとに愛らしく成長していた。
それは秋の暮れだった。
男は残業を部下に頼み、定時に帰路を急がせた。一人息子の誕生日は、男にとって特別だった。
ところが、バースデーケーキと遊具を抱えた男を待っていたのは、青白い顔を顫わせた細君だった。
小学校の下校の時間は過ぎていた。なかんずく長男は誕生日のパーティーを楽しみにしており、朝、友人らとの遊びも断念して帰宅する旨を両親に伝えていた。夜闇に月が昇っても、息子は戻ってこなかった。つがいは捜索願いを出した。
それから二週間の時が流れ、あるニュースが世間を震撼させるようになった。
幸福な一家を襲った悲劇。誘拐、暴行、殺害された八歳男児──…犯人の行方は未だ分からず。…………
川辺に打ち捨てられていた小さな遺体には、性暴力の形跡があった。
細君は男に辛く当たるようになり、男の会社での温厚は、凡庸な怠惰と評価されるようになった。
ある時、男の私宅は無人になった。以来、細君が姿を現すことはなかった。