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飼育✻販売のお仕事
第10章 VIP会員限定セール〜見切り品〜
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お姉ちゃんって、恋したことないでしょ。
男女共学の大学に進んだ妹は、よく伊澄をからかった。
本当のところを曝したところで不毛だった。
女子大に通う人間が校内での恋愛事情を語ったところで、無駄な燃料を削がれるのが関の山である。伊澄の場合は下手をすれば傷まで抉れる。
無邪気な妹は柔軟だった。中高に通っていた時分から、千般の男達と誠実な愛を誓っては、彼らを家に招待した。母親は次女の恋人達を歓迎し、長女に対しては哀れむ風な目を向けた。
…──そんな男みたいな格好だから、お前にはいつまでも男が出来ないんだ。
父親がいつか伊澄を貶めた言葉だ。
家族の評価はいつしか伊澄を呪縛していた。呪縛しながら居場所を奪った。
物心ついた頃は、性別的なアイデンティティなど持ち合わせなかった。
だが、二つの種類の人間は、ある時期を境に相異なる精神、肉体に分かれ始める。
双方は差異を自覚する。
力関係が優勢であるのは女、肉体的に秀でたのは男──…否、違う、社会は男が築いてきたのだ、などと、白痴の議論にのめり込み、やがて女は具合の悪い役目を男に押しつけることを選ぶ。全てを押しつけられた対価として、男が得るのは女の優越感、虚栄心、女の信頼。女は男をおだてるところに道徳を見出し、男は幸運と義務とを履き違えるのだ。
男になりたいのではない。
一方で、こうした社会の片隅で、女を演じる自分自身が気色悪い。
女の肉体で同じ女を愛すれば、性別的な境界線も消えはしないか。
伊澄の期待を嘲笑ってでもいるように、愛という終着点までの道のりは、途方もなかった。