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飼育✻販売のお仕事
第11章 我が家の執事
* * * * * * *
不倫相手と愛人。
両者を比較したことはなかった。なかったなりに、強いて相違を突きつめたなら、金銭的な援助が発生しているか否かくらいしか出てこなかった。
女のあるじの細君は、かたきの女を彼女の伴侶の愛人と呼んだ。
なるほど、女が持たされた地図を辿ると、確かに年若い庶民が暮らしているには贅沢な一軒家が構えてあった。
女を雇用している実業家は、数年前からここに娘を囲い入れ、楽しみの相手にしているという。
インターホンに伸ばしかけた女の指は、躊躇った。
実業家との交際をやめ、ここを引き上げること。女が遣わされてきたのは、ここの住人にそれらを要請をするためだ。万が一にも厄介な気性の相手であれば、女自身の首に関わる。
『…………』
どれだけの時間、そこに立ち尽くしていたろうか。
明るい声が女に呼びかけたのは、日も暮れかける頃だった。
声の主は女を家に上がらせた。出先から戻った彼女の私宅の前に立ち尽くしていた部外者を、熱いお茶と明るい話でもてなした。
女の雇い主の愛人は、名前を井靖鈴花(いせいすずか)といった。
鈴花の舌は闊達だ。朗らかで聡明な彼女はあらゆる健全な趣味を持ち、男に買い与えられた邸宅も、彼女の欲求を満たすというより、彼女が居場所をなくした猫や犬を見つける度に連れ帰ってくるからだという理由があった。
(彼とは昔、近所だったの。私は庶民なのに楽しいことが大好きで、動物なんて育てられる甲斐性もないくせに……この子達も放っておけないものだから)
女は鈴花の家中を走り回る小動物らと戯れながら、彼女のピアノを絶賛した。彼女の描いた絵画に涙し、彼女の活けた花に恋した。
女の中で、愛人と名のつくもののイメージは、崩落していた。女は鈴花に懐く小動物らを、女自身に重ねていた。