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飼育✻販売のお仕事
第14章 夏季休暇
* * * * * * *
翌日、里子は朝から出勤していた。
久しい名前を耳にした所以か。猫カフェを訪って一晩が経ち、それから今に至るまで、おりふし里子の胸裏を雑駁とさせたのは、志穂のかつての職場の眺めの残影だ。
志穂があすこに勤めていた時分、里子は大学生だった。
あの頃に戻れるとする。きっと別の選択をしていた。
戻りたい。
いたずらに思い描く裏腹、諦めてもいた。
件の屋敷に勤める他の選択肢は、里子にはなかったのではないか。
幸せだった。屋敷の当主がその素顔を晒すまでは。
締めきっていた事務室の扉から、ノックの音がした。
「店長」
「どうぞ」
夕方に出勤してきたまおは、まもなく上がる。
大学の飲み会に参加するらしい。緩くカールしたミディアムヘアも通常より艶が増し、色気づいていた。
「休み希望、追加したいんです」
「いつ?」
「来月一週目。月曜から水曜まで」
「了解。旅行?」
「はい。父の家まで」
母親と弟、それから数多の小動物達と暮らしているこの少女が父親に連絡をつけることは容易らしい。ただしまおは、あくまで家族よりも動物との生活を選んだ男を他人として見なしている。
「おねだり?」
「そんなところです」
おどけた里子の口調に反して、まおのそれは真剣だった。
「店長」
里子は書類をめくっていた手を止めて、顔を上げる。
「参考までにお訊ねします。ウチの親、VIP会員になる資格はありますか?」
「え……」
「最近入ってきた商品に、昔の友人がいたんです。やりづらくって。……買い取ってもらった方が、マシだなって」
「それは、同情?」
「いえ、……」
「あの部屋のメスね」
「──……」
里子の中で、全ての糸が繋がった。今月に入ってから相次いでいたまおのミスは、そこが原因していたのだ。
おそらく陽瑠夏だ。まおが友人と呼ぶメスは、実家が彼女の私宅に近い。経歴を見ると、小学校も同じ校区だ。