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初花凛々
第29章 山茶花咲いて
凛は涙が溢れそうだったから、フイッと横を向いた。


すると麻耶が、「こっち向いて」と言う。


「……嫌だ」


凛は珍しく、逆らった。それには麻耶も笑いながら、「お願い」と言った。


麻耶にお願いされると、なんでもかんでも許してしまう凛は健在だ。


今日もそんな麻耶に従って、振り返った。


「……え」

「今日誕生日だろ」

「は?」

「え?違った?」

「いや……」


そう、麻耶の言う通り、今日は凛の誕生日。


今日で凛は、25になる。


麻耶の腕には、桐の箱に入れられた高級芋焼酎"森伊蔵"の姿があった。


「これ……森伊蔵じゃん」

「奮発した」

「誕生日に芋って」

「凛にはこれが一番だろって思って」

「……ムードがない」

「でもこれ、美味しいんだよ」


凛は森伊蔵なんて飲んだこともない。


居酒屋の棚で見かけることはあっても、手の届かないものだと思っていた。


それが今、こうして目の前にあるなんて。








「……麻耶」

「ん?」

「好き」

「知ってるよ。凛は芋好きだからこれにしたんだよ」

「違くて」


凛は諦めともつくような、そんな息をひとつ吐いてから。


森伊蔵を赤ちゃんのように抱きしめている麻耶に向かい合って、口を開いた。


「私は、麻耶が好き」


今回は口を滑らせたとか、うっかりだとか、そんなんじゃない。


凛はその言葉を、本当は伝えたくて伝えたくて、堪らなかったのだと言葉にしてから思った。


ひとたび口にすると、それは魔法のように。


凛を突き動かした。

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