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初花凛々
第35章 月の色人
「凛」


朝食なのか昼食なのか曖昧だが、食事を終えて食器を洗う凛の隣に麻耶が来た。


手伝いに来たのだろうか。凛はそう思い、ゆっくりしていてと声をかけた。


ザアザアと蛇口から出るお湯の音と、カチャカチャと水切りかごの中で食器が擦れる音がする。


その音に紛れるように、そっと。


「何でも言って」


と、麻耶が小さく呟いた。


気をつけていなければ、うっかり聞き逃しそうなほどのその声を、凛はハッキリと耳にした。


「何でも?」

「うん」


麻耶はそれ以上、深くは語らなかった。







_____誰よこの女!


そう言いながら詰め寄る女性のことを、麻耶は何度か目にしてきた。その時の女性はまるでいつもと別人のような顔をしている。


花のような笑みは、この般若を隠すための仮面なのかと思えるほどに。


_____勝手に人のプライベートを覗いておきながら、随分と勝手だな。


その言葉ももう、幾度も飲み込んだことがある。


相手は友人だよと言ったところで、女性は納得なんてしない。


じゃあ愛している証拠を見せてと、ますますヒートアップするのは人間の性なのだろうか。


だからキスをして、SEXをする。苦味を甘さで誤魔化すために。






「……俺さ」

「うん」

「凛とエッチすんの好きだけど、なんていうか」


いつも突拍子もない言動で麻耶を困らせる凛だけれど、実は結構麻耶も凛を驚かせる、と凛は思いながら。麻耶の次の言葉を待った。


「それだけじゃなくて。凛と過ごす時間が好きなのかもしれない」


SEXは、最後に行き着く所がそこなだけであって。


例えばこうして一緒に料理をして、食べて、後片付けをしたり。


同じ部屋に居ながら、片や音楽を聴き、片や読書を楽しんでいても。


凛がそこにいるだけで、満たされるのだと_____






「……なにそれ」

「自分でもなに言っちゃってんのって感じ」


麻耶は都合悪そうに、俯き加減で笑った。








「ものすごく嬉しい」


凛も、麻耶とまるで同じことを考えていたから。


麻耶となら、そこらへんのコンビニだって、素敵な場所に変わる。


今の気持ちをずっと覚えていよう、と凛は思った。


そうすれば、この先、何があっても。


怖くないと思えるから。








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