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初花凛々
第9章 金魚草
_____季節は、夏。


あの別荘へ行った日以来、麻耶とはロクに顔を合わす事なく日々は過ぎた。


毎月訪れる修羅場____、月末の忙しさを無事に乗り越えて、凛が訪れたのは勿忘草。


ひと月ぶりの勿忘草。前回訪れた時には、窓からはシトシト降り続く雨が見えた。けれども今日は、いつもよりも濃く色づいた夕陽が、空を赤く染めている。


それを見て、明日も暑くなりそうだと、凛は思った。


「今月のお菓子は"金魚鉢"なんですよ」


ウエイトレスの椎葉が、凛に差し出してきたのはなんとも夏らしい菓子。


小さな手のひらサイズの金魚鉢の中に、瑞々しい寒天と、さくらんぼ、みかん、キウイフルーツが色とりどりに散りばめられている。


口へ運ぶと、ひんやりとした感触が舌の上で踊る。
それは、うだるような暑さも一瞬で爽やかにしてくれるような、懐かしのソーダ味。


夏らしいデザートに舌鼓を打ち、凛は帰り支度を始めた。


「椎葉さん、今日の金魚鉢、余分にありますか?」


いつも椎葉は凛のために、ひとつだけ菓子を取り置きしてくれている。たぶん余分はないとは思ったが、万が一を期待し凛は問いた。


それはなぜかというと、


「今日、くるちゃんの部屋行ってもいい?」


今日の朝礼のあとに、そう麻耶に聞かれたから。


別荘の日から数日ぶりに交わした言葉はそれだった。


_____あれ、くるちゃん呼びに戻ってる……


別に呼び方にこだわりはなかったけれど、麻耶に"凛"と耳元で囁かれると、何故か子宮の上辺りに、切ない痛みが走るのだ。


その感覚は、凛にとって初めてのもの。


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