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初花凛々
第10章 雲の峰
「着いたよ」


麻耶にそう言われて、凛は我に返った。


圭吾のことを思い出していたら、あっという間にアパートへ着いてしまった。ここまで一体どんな話をしたのかさえ、わからぬまま。


麻耶は手洗いを済ませると、早速カレー作りに取り掛かかる。凛はそれを、隣で見ているよう指示された。


あんなに危なっかしかった麻耶の包丁さばきは、見ていても大丈夫だと思えるほどに上達していて凛は驚く。


「練習したの?」


そんな凛の問いかけに、そうだ、と麻耶は返した。


「凛に美味しいカレー食べてもらいたかったから。いつも飯作ってくれるから、たまには恩返ししたいしね」


_____麻耶は、優しい。


麻耶の言葉を聞き、凛は率直にそう思った。


_____こんなつまらない私のために、麻耶はどうして。


そんな疑問と共に……。


「えっ……、凛?」


凛は目を覆った。泣いているわけではない。ただ、玉ねぎが目に沁みただけだから。簡単にバレる嘘を、勘の鋭い麻耶が見過ごすわけがない。


「……そっか。じゃあ、風呂でも入ってきたら。あとは煮込むだけだから」


麻耶は気付かないフリをする。そうして凛の涙を、見ないようにした。






凛はあの頃と同じように、涙を熱いシャワーと混ぜこぜにする。


こうすれば、涙なのかお湯なのかもわからなくなって、いつのまにか涙は止まっているから。


_____私はあの頃から、なにひとつ変わっていない。


そんな現実を、圭吾と会ったことにより突きつけられた凛。


私がこんな風なのは、父親のせい。そう思って父親の元を抜け出したのに、なにひとつ_____。


西嶋とロクに会話も出来ず、好きだと伝えることもなく。
凛の恋はまたしても終了してしまった。


「……バカみたい」


思わず口から漏れた言葉。


熱いシャワーは、それさえも飲み込んでいった。
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