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 その腕で壊して 
第1章  
 深夜の大声が公園内のみならず、住宅地に響き渡る。
 私の声にお兄ちゃんが顔を上げた。
 電話のコードみたいな巻き毛がだらしなく伸び、お兄ちゃんの顔を覆っている。
 その隙間から、お兄ちゃんの瞳が見えた。
 私を見ているのだと理解した瞬間、私の心臓がきゅうっと痛む。
 お兄ちゃんに駆け寄る私の姿は半ば、千切れんばかりに尻尾をふりながら飼い主に駆け寄るバカな犬みたいな動きだっただろう。


「お兄ちゃん!やっぱお兄ちゃんだ!お兄ちゃん!」


 深夜徘徊は思春期の問題児が犯す問題行動の典型例。
 「誰か私を見て」のSOS。らしいよ?


 私の非行は2ヶ月前から始まった。
 その原因となった人物が、近付いてくる私をじっと睨んでいる。
 私がSOSを送り続けている、戸籍上私の“義理の兄”という続柄に存在する男が。



「やっぱり今日も探しに来てくれたんだ!」



 半ば抱き付くようにお兄ちゃんの広い胸板に飛び込んだけれど、すぐにかわされた。


「ありがと、帰りちょっと怖かったんだ」


 諦めずに満面の笑みでお兄ちゃんを見上げる。
 私の頭上30センチの位置する彫りの深い顔が、怒りと呆れで歪んでいた。


「あれ・・・ごめん。怒ってる?」


 お兄ちゃんは私の顔を一瞥すると、私の肩を軽くコツンと拳で殴ってからすぐ歩き出した。
 ジャージのズボンからケータイを取り出し、どこかに電話をかけ始める背中に着いて歩く。


「もしもし母さん?あの、智恵子。見つかったから。うん。今から帰る」


 どこか、というより、私を愛してやまないお父さんとお母さんに、だろう。


 お兄ちゃんがため息をつきながら私に振り向いたのは、嫌というほど見慣れた公団が見えてきた頃だった。


「あのさ」


 右側に顔を上げると、お兄ちゃんは両手をジャージズボンのポケットに突っ込んで私の歩調に合わせてだるそうに歩きながら言った。



「遭遇したのが兄ちゃんじゃなかったら、どうするつもりだったの?」


 お兄ちゃんがポケットから手を抜く。
 大きな掌にメビウスの青い箱と、同じ色のライターが握ってあった。
 メビウスはお母さんの煙草だ。
  

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