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瞳で抱きしめて
第4章 不意討ち
季節は春。


今日は光の高校の入学式の日だった。


光は何の危なげもなく、あっさりと第一志望の高校に入学した。



時間は午後3時。

母親と入学式に参加したあと、オリエンテーションがあるらしくその後二人で店に顔を出すと言っていたので、そろそろ来る頃だろうか。



最後の客が店を出ていき、静かになった店内を軽く清掃すると、私は表に出て店のドアに



《本日貸切り》




と札をかけた。


今日は夕方から光の入学祝いをするのだ。



「そろそろ仕上げしとこうかな」



私は店に戻ると、午前中のうちに焼いておいたパウンドケーキをキッチンのワークトップにのせた。

オーソドックスなバターの風味のパウンドケーキは、この店の定番で母から教わったものだった。

これにレモン風味強めのアイシングをかけたものが、光は好きだ。


今日の料理は光の好物ばかりを揃えよう。

真理と前々から献立を話し合い、何気に着々と準備を進めてきたのだ。



光はすっかりこの家に溶け込んでいた。

樹理さん、と親しげに呼ばれると嬉しかったし、まるで出来の良い弟ができた感覚だった。

暇さえあれば店に出て来て、雑用など手伝いをしたがった。

来客のない時は、店番をする私の隣で読書か勉強をする。



「光って、樹理さんにすげぇなついてるよな」



いつだったか雄介がそんなことを口にしたとき、光は真っ赤になったものの否定はしなかった。


私も、悪い気はしなかった。


不思議だ。


暗い学生時代を過ごす間に、赤の他人にここまで気持ちを許すことなんて出来なくなっていたはずなのに。


光はあっさりと、私が自分で作ってしまっていた心の壁をすり抜けてきてしまった。


一人でいたほうが居心地がよかった時間も、光がいても気にならない。むしろ、彼の存在は少し心地よかった。

不思議な安心感があったのだ。




でき上がったアイシングをゆっくりとケーキにかけると、爽やかなレモンの香りが鼻をくすぐった。
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