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瞳で抱きしめて
第6章 元カレ
翌日、土曜日の朝は真理さんが開店直後の店番をしていた。


樹理さんは車で買い出しだ。


荷物持ちを口実についていきたかったのだが、いつもコーヒー豆を仕入れている問屋にも用事があるとのことで、一人で出掛けていった。


雄介さんはバイト。


だから、店には真理さんと俺しかいなかった。




「樹理さんの元彼ってどんな人ですか?」




真理さんと二人になれるタイミングがあればすぐに聞こうと思っていた質問だった。


昨夜、言いづらそうに困った顔をして樹理さんが告げた言葉。




━━━━初めてでは、ない




俺の心を乱し崩すのには十分すぎる破壊力の言葉だった。



それは当然、樹理さんには過去にキスをした相手がいたということで。


…きっと、その相手とはキスだけじゃなかったのだろう。


何度も口づけながら彼女の身体に触れる度漏らされた甘い吐息や、切ない視線、俺の髪を撫でる指を思い出しながら、俺は当然の答えにたどり着いていた。




樹理さんは俺が手慣れてるなんて言ったけど、それはこちらの台詞だ。




もしかしたら自分が彼女にとっての初めての恋人になれるのではないかと薄い期待もしていたのは本心だが、既に成人しているのだから過去に恋人がいたとしても全く不思議ではない。



必要以上のダメージを受けないように、ちゃんとそう考えて心に予防線を張っておいたはずなのに。



やはり、元彼がいたんだと知ったショックはそれなりにでかかった。





「お姉ちゃんの元カレ?…あぁ、湊斗くんのことかな」




カップを拭きながら、真理さんは答えた。



みなと。

ミナトというのか…。



全く知らない男の名前が、心に墨汁を垂らしたように黒く黒く広がっていく。
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