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瞳で抱きしめて
第7章 恋人にして
真理は夕方から雄介とデートだと言って、慌ただしく出掛けていった。
二人は月に何度か、外泊する。
まぁ、恋人同士が夜に二人きりになりたいと考えるのは当然だろう。
家にはいつも私がいるわけだし…。
邪魔にならないように私が夜どこかに行くというのも可笑しな話だ。
「暇だなぁ」
考え事をしたくない時に限って、客足がないものだ。
今日はまだ顔を見せてくれていない近所の常連さんを思い出しながら、時計を見上げる。
もうすぐ光が帰ってくる時間だった。
「…恋人候補、か」
候補って、なんだろう。
改めてその単語を口のなかで呟いてみると、笑えてくる。
私は結局、自分の気持ちを誤魔化した上に、自分を慕ってくれる光を利用し寂しさを埋めているだけじゃないのか。
湊斗と別れて、
両親が家からいなくなって、
気ままな学校生活から卒業して友人とも会わなくなって、
真理は雄介という恋人を見つけて━━━━
気づいたら私に残っているのは、この静かで小ぢんまりしたコーヒーの香りが立ち込める空間だけだ。
居心地がいいと思っていたはずなのに。
光と出会って、そんな感覚がどんどんずれていった。
成り行きとはいえ、私の過去の苦い部分のほとんどを知っている光は初めから特別な存在だったのだろう。
他人に入ってきて欲しくなかった領域でも、光なら気にならなかった。
今まで一人で座っていた店の中には光がいるのが当たり前になった。
一人で歩いていた散歩道にも、私の歩幅に合わせるように歩く光が隣にいるのが日常になった。
━━━そして私はその心地良さに、すっかり気持ちを許していた。
「…慣れって怖いな」
一人でいる店の天井を見上げると、何故だか切なくなって涙が滲んだ。
光の体温を思い出すのと同時に、抱き締められる度に浴びせられた「好き」という彼の声が耳の奥に蘇る。
「私は」
続きを声にするのはやめて、私は手元のコーヒーミルを指先で撫でて俯いた。
━━━もう、誤魔化すのは限界かもしれない。
気持ちを切り替えたくて、私はミルの中にコーヒー豆を一杯に入れた。