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3つのジムノペディ
第2章   レント(ゆっくり)で、苦しみをもって

「結婚制度のないホモセクシュアルにおいてはね」と、彼はいう。「性行為はおそらく、ヘテロセクシュアルの人たちが思うよりはるかに重要なコミュニケーションなんです。法に守られた『結婚』という制度において、あんなに愛し合った恋人たちは、ゆっくりと悲しげに単なる同居人に変わってゆく。以心伝心の名の元に、夫婦はいささか風変わりな共同生活者となり、セックスの回数は減る」

ぼくはだまって、上の句を否定でつなぐ言葉を待った。
彼はサントリーのウィスキーを飲みつつ、キュウリのお新香をつまんで、言葉を続けた。
「でもね、ホモセクシュアルの恋愛はそんな風に、共同生活者にはなり得ないですからね。いつまで経っても、世間も社会も、我々を夫婦とは認めない。だから我々は恋人同士でいるしかないのです。そのためには、心を込めたセックスが、とても重要なのです」

彼の言葉を聴きながら、もちろんぼくの脳裏には、ミセス・メルセデスのことが浮かんでいた。
ホモセクシュアルのこの彼の名演説は、ぼくの頭の中ではミセス・メルセデスの静かな言葉となって響いていた。

ぼくは果たして、彼女の身体が伝える言葉をどれだけ正確に掴み取っていたか?
そしてなけなしの想像力を働かせて、どれだけ彼女の性を導いたか?
ぼくはいったい、どれだけ彼女に愛を捧げられたのだろう?
言葉にならない、この気持ちを。

おそらく。

ミセス・メルセデスが何度かのセックスの中でぼくに伝えようとしたことは、この彼の話と同じようなことだったのかもしれない。
酔えば酔うほど丁寧になってゆく彼の語り言葉を聞きながら、ぼくはこの偶然の出会いに感謝した。

ミセス・メルセデスが消えて三ヶ月。
ぼくはこの街にたったひとり、残された。
友だちもおらず、猫の一匹さえ寄りつかない。

けれども彼女がぼくに教えてくれたことは、いまこの胸に、キチンと定着した。知り合ったばかりのホモセクシュアルの友人の助けを借りて。

我々の神曲は、まだ終わっていない。






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