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3つのジムノペディ
第2章 レント(ゆっくり)で、苦しみをもって

都心のど真ん中にあってしかし、付近に電車の駅がないせいで、知る人ぞ知る町であるここは、何故か東京中の粋人があつまってくる。デザイナ、アーティスト、タレント、カメラマン。この町の名前を聞いて人々が思いつくのは、洒落たレストランと深夜営業のダンスクラブだろうけど。
ぼくら地元民には、なじみの寺や焼き鳥屋のある、いつもの町だ。
近所に昔からある八百屋や魚屋の話を、我々はした。
「オーケー商店の野菜。アレはやめたほうがいいよ。鮮度悪いよ。オヤジは面白いけどね」
「味噌谷の魚屋は時々はっとするほど新鮮な魚おいてますよね?」
ぼくはこの年上の彼の、都会人ぶらないところが気に入った。東京ズレしていないところが、とても好感が持てた。
我々はあえて、仕事の話を会話の遡上(そじょう)にあげなかった。そういう下世話な話題で、この偶然のひと時を台無しにしてしまいそうな気がした。
だから、この町の話、をずっと続けた。
昔、まだ都電が走ってた頃。台風が来て、床下浸水があった頃。笄川(こうがいがわ)がまだ暗渠(あんきょ)でなかった頃。この町に住んでまだ10年のぼくは、彼の鮮やかな昔話に引き込まれていた。
「ご結婚は?」と何気なく振った言葉に、この年上の彼は微苦笑して、「ホモセクシュアルなんですよ」と告げた。
ぼくは、その時、どんな顔をしていたのだろう?
この都会で長く暮らせば、ホモセクシュアルの人と話す機会もあった。ぼく自身はそれに対して否定も肯定もしないけれど、自然にそう言える彼と向かい合うと、その事実をスルリと受け入れることができた。
「あなたは?」と、彼がきく。
ぼくは一瞬、返答に窮(きゅう)した。
彼はにっこり笑って「違いますよ」、と。
「ホモかどうかなんて、そんなのは見れば判ります。ご結婚、されてるかどうかですよ」
笑って言うその言葉に、ぼく自身どこかで身を固くしていたことを意識した。彼のサラリとした態度は、とても粋で、スマートに見えた。ぼくはこの年上の知人に、憧れ始めていた。
ぼくら地元民には、なじみの寺や焼き鳥屋のある、いつもの町だ。
近所に昔からある八百屋や魚屋の話を、我々はした。
「オーケー商店の野菜。アレはやめたほうがいいよ。鮮度悪いよ。オヤジは面白いけどね」
「味噌谷の魚屋は時々はっとするほど新鮮な魚おいてますよね?」
ぼくはこの年上の彼の、都会人ぶらないところが気に入った。東京ズレしていないところが、とても好感が持てた。
我々はあえて、仕事の話を会話の遡上(そじょう)にあげなかった。そういう下世話な話題で、この偶然のひと時を台無しにしてしまいそうな気がした。
だから、この町の話、をずっと続けた。
昔、まだ都電が走ってた頃。台風が来て、床下浸水があった頃。笄川(こうがいがわ)がまだ暗渠(あんきょ)でなかった頃。この町に住んでまだ10年のぼくは、彼の鮮やかな昔話に引き込まれていた。
「ご結婚は?」と何気なく振った言葉に、この年上の彼は微苦笑して、「ホモセクシュアルなんですよ」と告げた。
ぼくは、その時、どんな顔をしていたのだろう?
この都会で長く暮らせば、ホモセクシュアルの人と話す機会もあった。ぼく自身はそれに対して否定も肯定もしないけれど、自然にそう言える彼と向かい合うと、その事実をスルリと受け入れることができた。
「あなたは?」と、彼がきく。
ぼくは一瞬、返答に窮(きゅう)した。
彼はにっこり笑って「違いますよ」、と。
「ホモかどうかなんて、そんなのは見れば判ります。ご結婚、されてるかどうかですよ」
笑って言うその言葉に、ぼく自身どこかで身を固くしていたことを意識した。彼のサラリとした態度は、とても粋で、スマートに見えた。ぼくはこの年上の知人に、憧れ始めていた。

