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愛し愛され
第3章 腰元のVサイン
日が沈んだ街路は、オレンジ色の水銀灯や、商店の明かりに照らされている。
アスファルトの路面には、路面電車のレールがカーブして埋め込まれ、その銀色のレールが街灯に照らされて、オレンジ色に輝いている。
ふたりで4車線道路の真ん中に作られた、コンクリートの島のような路面電車のホームに立って、新市街へつづく路線の電車を待つ。彼女の左手は、博人の右手に包まれて、さらに彼のダッフルコートのポケットで温められている。
やがて黄色に赤のラインの入った、市営電車がやってくる。小さな二連結の車両だ。
彼らの目の前で停車した車両の前側のドアは、中心で折りたたまれて開き、彼女が先に電車のステップを上がる。
その時、車両の中央側のドアが開き、男女のカップルがホームに降りてきた。
博人の時間が、止まった。
そこにさほ子がいた。
まるで、奇跡のように。
最初に博人が思ったのは、何故ここにさほ子が?、という素朴な疑問だった。そしてすぐ近くの、いままで自分たちが滞在していたホテルに思い至った。
彼の身体は半自動的に、車両のステップに右脚をかけ、体重をそちらへ移し始めた。
さほ子は、こちらを見ていた。
車両に乗り込む博人。
連れ合いのハンサムな男性に手を引かれて、ホームに降り立つさほ子。
彼女の目には、驚きの色はなかった。
一万分の一秒だけ、さほ子は唇を曲げ、目尻を下げた。
刹那の微笑。
瞬間のほほ笑み。
それだけで、博人にはすべてが理解できた。何もかもが、すっと見通せた。あの階段室での抱擁の時のように。