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愛し愛され
第1章 階段室にて





それから約二〇分後。

「彼に会えなかったからね。ずっと忙しくしてて」

というさほ子の言葉の意味を、博人が図りかねていた二二階と二一階の間の踊り場。

博人が背にする壁には、上下階の矢印がプリントされ、さほ子が座るリノリウム張りの階段は、何の色気もなかった。行き交う人がふと、途切れた瞬間。

まるで時間がとまったように、二人のあいだに真空の瞬間が訪れた。

さほ子が、言った。

「ねぇ、いまでも、あたしとセックス、したい?」

「したいよ。しないけど」

博人はそう、答えた。

いままで何度も繰り返した、ふたりだけの挨拶のような会話だった。ふとしたきっかけで知り合い、博人が好意を抱き、さりげなくその気持ちをさほ子に伝えた。それを聞いたさほ子は、「わたし、淫乱よ?」と答えたものだった。

「わたしとしたい?」「したいねぇ」言って、ふたりは笑い合った。そういうことを照れもせず、隠しもせずにさらりと言えるところが、さほ子の魅力だったし、さほ子にしても、そう受け流す博人の余裕を、嬉しく感じた。

この踊り場で、ふたりはそんな会話を交わしながら、埋めるに埋められない距離が、不意に縮まった気配を感じ取っていた。


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