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愛し愛され
第7章 夕暮れのくちづけ




そして、背中を海の側に倒した。博人の横顔が、すぐそこにあった。自分から、選び取る時だ、とさほ子は思った。今こそ、自分らしく、一番正しい行いをするのだ、と思った。それは意外にも、ものすごい勇気の要ることなのだ、とその瞬間、気づいた。

海を見ている博人の横顔が、スローモーションで、こちらを向く。

さほ子は、そっと、目を閉じた。そして、ほんのわずかに、顎を上向けた。

博人はその気持ちをきちんと汲んだ。

ふたりの肩が少しだけ触れるだけ。手も添えず、声も出さずに、彼はそっと、やさしくゆっくりと、そのみずみずしくふくらんだ唇に、キスをした。

唇を、博人から離した。

さほ子は今一度、背を起こし、背筋を伸ばしてベンチに座りなおした。

ふたりは真逆を向き合ったまま、言葉を失っていた。

博人は、さほ子と知り合った中で、いちばん心地の良い時間を持っていた。そしてさほ子も同じ気持ちであることを理解していた。

もうこれ以上、自分たちに物語がはじまることはない、と知った。

それをすこし残念に思ったけれど、でもとても清々しい心持ちを、彼は味わっていた。

隣に座るさほ子が、クラッチバッグをまさぐっている。何事か、と博人は思った。

「見ないで」とさほ子。

博人は笑って、海を見ていた。

まだ港は、金色のさざなみに覆われていた。貨物船と駆逐艦が、ゆっくりと視界を横切っていた。


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