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口琴
第3章 鬼ヶ島の舘
…どうか…あいつが来てませんように…どうか…

「…ただいま…」

蚊の鳴くような声で、そっとドアを開ける蕾。

心臓が高鳴る。口の中が渇く。

「どこをほっつき歩いてんだ!このバカ娘!
今日は、中條社長のお宅へ伺う日だから、早く帰れと、あれ程きつく言ったじゃないか!
社長がお待ちかねだぞ!ちゃんと謝るんだ!」

「お帰り」の言葉もなく、いきなり激しい怒号が蕾に浴びせられた。

…やっぱり…もう、来てた…

「…………」

「コイツ何シカトしてんだ!ちゃんと謝らんか!」

激怒するのは蕾の継父、佐山 敬介。

蕾の母、梨絵との再婚後、次々と事業に失敗し、金融業や、不動産業、骨董商等を手広く営む中條と言う男に莫大な借金をしていた。

蕾は、暫く黙って俯いていたが、話題を変えようとランドセルから通知表を出した。

「見て!私、一学期のお勉強頑張ったの。ぜーんぶ5だよ?ほら!特に音楽は、◎がいっぱいなの!」

「そんな事どうでもいい!さっさと着替えろ!」

涙がこぼれる。

何で…私が…怖いよ…

「泣いてんじゃねぇ!ほら!さっさと仕度しろ!ほら!」

乱暴に腕を掴み、引きずって行こうとする敬介。

「ヤ…ヤァ!ヤダッ!やめて~!放して~っ!ヤダ~!やめてよぉ~!」

「あなた!もうやめて下さい!お願いです!私を代わりに…蕾の代わりにして下さい!」

母、梨絵が必死で庇おうとしたが、足蹴りを喰らって床に倒れた。

「お前は引っ込んでろ!」

梨絵の腕や足には、洋服では隠しきれない青紫色の内出血の痣が、あちこちにあった。

「ママァ~!」

母のそばに駆け寄ろうとしたが、その躰を抱えられ軽々と宙に浮く。

「やめて~!放して~!」

足をバタつかせて暴れる蕾を振り落とすと、ブラウスの胸元を掴み、拳を振り上げた。

「言うことを聞かない子は、お仕置きだ!」

ぶたれる!

蕾は固く目を閉じ、首をすくめて躰を強張らせた。

と、その瞬間敬介の腕が誰かに掴まれ、身動きが利かない。

「佐山君、乱暴はいけないよ?私の可愛いお人形に傷をつけないでくれたまえ。
この娘は大切な金なんだよ?…忘れてもらっちゃ困るよ…。ん?」

奥の部屋から煙草をくわえ、黒いスーツ姿のでっぷりとした男が現れ、敬介の腕を掴んで一喝した。

中條…。そう、蕾の躰を弄んだあの男だ…。
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