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口琴
第6章 初恋
玄関アプローチに、あの黒いセダンが停められていた。

蕾は後部席に乗せられ、広い中條邸を後にする。

「ハァ~…」

蕾が大きく安堵のため息をついた。

「立派なお屋敷でしょう?この町では、中條邸の右に出る者はいませんから」

北川は、蕾の溜め息が、この豪邸に感心しての事と思い込み、低い声を半音上げた。

「立派?私…あのおうち怖い…。本当の鬼ヶ島みたいなんだもん…」

「え?あぁ…なるほど…ハッハッハッ!」

「………」

「あ、失礼しました。中々上手いことを仰いますね?」

蕾の素直な感想に、北川は思わず本音で笑ってしまった。

「この辺り一帯の土地は、全て中條家のものです。中條家は、明治より代々の名士で、お坊っちゃまは四代目でいらっしゃいます。

蕾さんのお父様の莫大な借金も、中條家の財力とお坊っちゃまの懐の深さに助けられているのですよ?蕾さんもそのお心づもりで、お坊っちゃまに悦んで頂けるようなご奉仕を…。

ま、お坊っちゃまのお仕込みの成果が、顕著に現れていると拝察しましたが…フッフッ…。

お坊っちゃまは、本日から海外へ出張されます。商品鑑定は、お坊っちゃま自らが行いますので。その間お寂しいと思いますが、暫くご辛抱を。すぐお迎えに上がりますよ?」

普段は寡黙な北川だが、笑ってしまった失態を誤魔化す為に、つい饒舌になった。

しかし蕾は、どこか上の空…。

あの絵を思い出していた。

衝撃的だった。確かに、蕾の幼い官能が刺激された事に間違いはない。

あの蛇…きっとあいつだわ…。彩乃さん…あいつの事好きなのかな…?あんな風にされて…あんなに気持ち良さそうに…。

"愛した"って、北川さんは言ってたけど…。ほんとかな…。

"愛する"ってどんな気持ち…?

その時、ふと脳裏を過ったのは、あのハーモニカの少年だった。

何故、あの少年を思ったのか…。

やがて車は、川沿いの道へさし掛かる。蕾は、ハッとして北川に声をかけた。

「あ、停めて!お願い」

「…如何されました?ご気分でも?」

「ううん、そうじゃないの。ちょっとだけ。ね?お願い」

「はぁ…。では…」

北川は、ゆっくりと路肩に停車させた。

「すぐ戻るから」

「あ、私もご一緒に!」

「大丈夫。逃げたりしない」

怪訝そうな北川を残して、駆け出した。

…お兄ちゃん…。
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