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口琴
第6章 初恋
昼下りの河川敷。

釣り人、サッカーや野球をする子ども達、芝生でソリ遊びをする親子。

太陽はまだまだ高く、ギラギラと照りつける陽射しの中で、健康的に遊ぶ子ども達が恨めしかった。

自分だけ別世界に投げ出されたようで、胸が締め付けらた。

…あの少年に会いたかった…。

少年の奏でるハーモニカが、無性に聴きたかった。

小さい頃に聴いた懐かしいあの歌を…。

そうすれば自分も以前のように、そう、ここにいる子ども達のように"普通の女の子"に戻れるような気がした…。

お兄ちゃん…

お兄ちゃん…

心で叫びながら少年の姿を探す。

しかし、当然と言えば当然だが、あの少年の姿は無い。

それでも蕾は立ち止まり、目を閉じてハーモニカの音色を探った…。

研ぎ澄まされる神経。

風の音…

川のせせらぎ…

木々のざわめき…

子ども達の歓声…蝉の声…

しかし、ハーモニカらしい音色は、聴こえなかった。

「…そう…だよね…。…はぁ…」

肩を落とし、北川の待つ車へ戻った。

「…お友達と遊ぶお約束でも?」

「あ、うん…。でも、約束って程じゃなかったし…」

「そうですか…。それは残念でしたね。では、そろそろ参りましょう」



車は、河川敷を後にする。やがて蕾の家が近づいて来た…。

"おうちに帰りたい!"あの鬼ヶ島で、何度も何度も口にした言葉。

しかし、帰ったところであの家は、蕾にとって安息の場ではない。あの家にもまた"鬼"が棲んでいるからだ。

…敬介…。

蕾は、敬介が嫌いだ。身勝手で、金遣いが荒く、働こうとしない半端者。莫大な借金を作り、金の為なら娘を売る事さえも厭わない。そして、母、梨絵に暴力を奮い、意のままに支配する冷酷非道な成らず者だ。

蕾達姉妹は、度々薬で無理矢理眠らされる。その間、両親の部屋から聞こえる母の呻き声や、奇妙な奇声を聞く事がある。

蕾は時々薬を飲まず、寝たふりをしていたから知っているのだ。

母はきっと、敬介に酷い事をされているに違いない。

そんな母を助けられない非力な自分を、蕾はいつも悔いていた。



「さぁ、着きましたよ。ではまたお迎えに上がりますので…」

玄関先で北川は、蕾を車から降ろし、そう言い残して去って行った。

蕾は、ドアの前で立ち竦む。

…パパがいませんように…。
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