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口琴
第12章 惜別の涙
街路樹から落とされる木漏れ日も少しばかり和らぎ、晩夏の風に僅かに秋の匂いが混ざり始めていた。

夏休みも数日で終わろうとするこの時期は、街角も、公園さえも子供達の姿は疎らで、ツクツクボウシの大合唱だけが、聴衆のいない公園に響き渡る。

家にとじ込もって課題に追われている小中学生は、ごく普通。

しかしこの二人は、そんな日常を悠長に味わってなどいられない。

聖は紺碧の空を仰ぎ、一心に自転車を漕いだ。

蕾を守りたい…!

ハンドルを握る手に力がこもる。

前輪が激しく左右に蛇行する。

「…聖君…どこへ行くの?」

「………」

背後からのか細い一言が、聖の興奮を一気に冷ました。

すると、頭の奥で誰かが頻りに尋問を繰り返す。

『…策はあるのか?…お前に守れるのか?…』

何の策略も、力も聖には無かった。

それはあまりにも衝動的で、無計画で、そして…十三歳で…。

冷静になればなる程"この先"に一抹の不安を感じ、聖の自転車の速度が、徐々に落ちる。

「…ごめんね…。私のせいで…。聖君と聖君のパパを喧嘩させちゃった…」

「…お前のせいなんかじゃねぇ!…俺が守るって決めたんだ!謝ったりすんな!」

つい語気を強めたのは、"覚悟"だけは嘘ではないと信じたかったから。それは自分自身への戒めでもあった。

「……うん……」

背後から腰に腕を回してしがみついている小さな手が、聖のTシャツをギュッと握る。

後ろに視線を流すと、おでこを聖の背中にくっつけて俯き、下唇を噛んでいた。

「そんな顔すんなよ…。大丈夫だから…な?…」

「…うん…」

小さく頷いた蕾は、それから暫く何も言わなくなった。

聖も、これ以上かけてやれる言葉がなく、沈黙のまま自転車を走らせた。

すると、蕾が小さく呟いた。

思い立ったように。

「…ねえ、聖君?…私…ハーモニカが聴きたい…」

「…うん…よし、行こう!」

『ハーモニカが聴きたい』聖はその言葉に救われた気がした。自分にできる事など何もないのだと思っていたから。そしてまた、自分にはハーモニカを吹くことしかできないのだと言う事も、思い知らされた言葉だった。

ならば、この子の為にずっとハーモニカを吹き続けたい。

今の自分にできる事はこれだけなのだ。

聖は、自転車を河川敷の方向へハンドル切り、力強くペダルを踏んだ。
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