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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第8章 第三話 【盈月~満ちてゆく月~】 其の弐

「申し訳ねえが、今の名はどうしても言えねえ。陽太というのはずっと昔の、まだガキだった時分の名前さ。とうに捨てたはずの名前だが、親のつけてくれた名前だ。お前さんがそう呼んでくれるなら、こんなに嬉しいことはない」
言い終えると、男は潔いほどに呆気なく背を向ける。そのまま橋を渡って町人町の方へと行くのを、お彩はじっとその場に佇んで見送った。
陽太、陽太とお彩は幾度も恋しい男の名を心の中で呟いた。
いつしか初夏の陽も傾き、辺りには夕闇の気配が忍び寄り始めていた。茜色から菫色に変わりゆこうとする空に丸い月が浮かんでいる。今宵は満月だった。黒々とした影となって宵闇の中に沈もうとする楓の樹の真上に盈月が銀色に光り輝きながら昇っていた。
言い終えると、男は潔いほどに呆気なく背を向ける。そのまま橋を渡って町人町の方へと行くのを、お彩はじっとその場に佇んで見送った。
陽太、陽太とお彩は幾度も恋しい男の名を心の中で呟いた。
いつしか初夏の陽も傾き、辺りには夕闇の気配が忍び寄り始めていた。茜色から菫色に変わりゆこうとする空に丸い月が浮かんでいる。今宵は満月だった。黒々とした影となって宵闇の中に沈もうとする楓の樹の真上に盈月が銀色に光り輝きながら昇っていた。

