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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第12章 第五話 【夏霧】 其の壱

が、その仲居はふとしことが原因で辞めたと聞いていた。以後、お彩が「花がすみ」で働き始めるまで、喜六郎は女中にしろ仲居にしろ雇ったことはない。というのも、以前、仲居を雇ったときに随分と手酷い目に遭わされたらしい、と、これは馴染み客から聞かされた話だ。
むろん、その馴染み客も喜六郎が一切口をつぐんでいるゆえ詳しいことは知らなかった。もしかしたら、小巻が嫁いだ後で雇い入れた仲居というのがおきみなのではないか、お彩はふと考えのだ。
そう考えてゆけば、すべての話に合点がゆくような気がする。しかし、そのことを喜六郎に訊ねるわけにもゆかず、お彩は板場の方を心配そうに見つめるだけだった。板場からは喜六郎の見事な包丁捌きを偲ばせる小気味良い音が響いている。
誰も客とていない狭い店の中にその音がやけに大きく響いているようだ。お彩は暗い気持ちでいつまでもその音に耳を傾けていた。
むろん、その馴染み客も喜六郎が一切口をつぐんでいるゆえ詳しいことは知らなかった。もしかしたら、小巻が嫁いだ後で雇い入れた仲居というのがおきみなのではないか、お彩はふと考えのだ。
そう考えてゆけば、すべての話に合点がゆくような気がする。しかし、そのことを喜六郎に訊ねるわけにもゆかず、お彩は板場の方を心配そうに見つめるだけだった。板場からは喜六郎の見事な包丁捌きを偲ばせる小気味良い音が響いている。
誰も客とていない狭い店の中にその音がやけに大きく響いているようだ。お彩は暗い気持ちでいつまでもその音に耳を傾けていた。

