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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第12章 第五話 【夏霧】 其の壱

その日の夕刻、お彩は夕飯を食べにくる客で店内が溢れ返る前のひとときである。
夏の夕陽が長い影を落とす板場で、喜六郎は一人包丁を握っていた。遠くで啼く蜩の声がどこか哀しげに響いている。小男であるはずの喜六郎の背中がやけに大きく見え、それは何ものをも寄せ付けないような頑なさがあった。平素からの喜六郎からでは考えられないような頑固さである。
「あの、旦那さん」
お彩は少し躊躇った後、声を掛けた。
喜六郎がゆるゆると振り向く。
「おう、どうした」
喜六郎は濡れた両手を紺色の前締めで拭いながら、機嫌良くお彩の顔を見つめる。しかし、それが上辺だけの見せかけの明るさであることはよく判った。嘘のつけない質の男なのだ。おきみを冷淡にあしらっていても、その実、我が子だという承平の出現には大いに揺れ動いているに相違ない。
夏の夕陽が長い影を落とす板場で、喜六郎は一人包丁を握っていた。遠くで啼く蜩の声がどこか哀しげに響いている。小男であるはずの喜六郎の背中がやけに大きく見え、それは何ものをも寄せ付けないような頑なさがあった。平素からの喜六郎からでは考えられないような頑固さである。
「あの、旦那さん」
お彩は少し躊躇った後、声を掛けた。
喜六郎がゆるゆると振り向く。
「おう、どうした」
喜六郎は濡れた両手を紺色の前締めで拭いながら、機嫌良くお彩の顔を見つめる。しかし、それが上辺だけの見せかけの明るさであることはよく判った。嘘のつけない質の男なのだ。おきみを冷淡にあしらっていても、その実、我が子だという承平の出現には大いに揺れ動いているに相違ない。

