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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第14章 第六話 【春の雨】 其の壱

【其の壱】
もし自分の周囲に満ちている大気に色があるとすれば、この季節は紛うことなく薄桃色だろう―、お彩は、ずっと昔から、そんな風に考えていた。卯月に入ったばかりの今、江戸の町の、いわゆる桜名所と呼ばれるところは、それこそ薄桃色一色に染め上げられている。お彩が勤めている一膳飯屋「花がすみ」からほど近い随明寺の桜も今が盛りだ。
「花がすみ」は小さな一膳飯屋だが、主人の喜六郎は若い時分に大坂で板前修業をしたというだけあり、その腕前は高級料亭の板前と比較しても遜色がない。そのためか、「花がすみ」には職人やお店者、人足といった、いわゆる庶民階層の一般的な客だけではなく、大店の旦那衆が通ってくるほどだ。言うまでもなく、そういった手合いは口も眼も肥えている。
もし自分の周囲に満ちている大気に色があるとすれば、この季節は紛うことなく薄桃色だろう―、お彩は、ずっと昔から、そんな風に考えていた。卯月に入ったばかりの今、江戸の町の、いわゆる桜名所と呼ばれるところは、それこそ薄桃色一色に染め上げられている。お彩が勤めている一膳飯屋「花がすみ」からほど近い随明寺の桜も今が盛りだ。
「花がすみ」は小さな一膳飯屋だが、主人の喜六郎は若い時分に大坂で板前修業をしたというだけあり、その腕前は高級料亭の板前と比較しても遜色がない。そのためか、「花がすみ」には職人やお店者、人足といった、いわゆる庶民階層の一般的な客だけではなく、大店の旦那衆が通ってくるほどだ。言うまでもなく、そういった手合いは口も眼も肥えている。

