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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第4章 第二話【花影】-其の壱-

―其の壱―
お彩は先刻からずっと慣れ親しんだ長屋の前を幾度も行きつ戻りつを繰り返していた。江戸のどこにでも見かけるような粗末な棟割り長屋が狭い路地を挟んで向かい合っている。江戸の人々からは通称「甚平店」と呼ばれていた。この裏店こそ、お彩が生まれ育った長屋なのだ。お彩にとって、この長屋は自分を十五年間育んでくれた懐かしい場所である。たった四畳半ひと間の家の中に父や母に愛され慈しまれて育った大切な想い出がぎっしり詰まっているのだ。
お彩の父伊八は江戸でも評判の腕の良い飾り職人だ。母はお彩が十四の冬に流行病で亡くなったが、病の床に伏す前日まで夜泣き蕎麦屋の仕事を続けており、よほどのことがない限り商売を休むことはないほどの働き者だった。
お彩は先刻からずっと慣れ親しんだ長屋の前を幾度も行きつ戻りつを繰り返していた。江戸のどこにでも見かけるような粗末な棟割り長屋が狭い路地を挟んで向かい合っている。江戸の人々からは通称「甚平店」と呼ばれていた。この裏店こそ、お彩が生まれ育った長屋なのだ。お彩にとって、この長屋は自分を十五年間育んでくれた懐かしい場所である。たった四畳半ひと間の家の中に父や母に愛され慈しまれて育った大切な想い出がぎっしり詰まっているのだ。
お彩の父伊八は江戸でも評判の腕の良い飾り職人だ。母はお彩が十四の冬に流行病で亡くなったが、病の床に伏す前日まで夜泣き蕎麦屋の仕事を続けており、よほどのことがない限り商売を休むことはないほどの働き者だった。

