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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第4章 第二話【花影】-其の壱-

随明寺の桜餅は境内の桜の葉で包まれており、甘すぎない上品な餡と外側の餅のもっちりとした食感が人気で江戸名物としても知られている。ひと口含むと、餅を包む桜の葉の香りがほのかに漂う。
随明寺の山門へと至る通称「息継ぎ坂」(あまりに長くて急な石段なので、女子どもや年寄りは途中で息を継いで休まなければ最上階まで辿り着けないことで、この名で呼ばれた)
を降りた先の小さな茶店でのみ売っているが
、老婆がたった一人で作るため、一日に作る量が限定されており、この時季は茶店の前に行列ができるほどである。
伊八は、この桜餅がお彩の何よりの好物であることをちゃんと憶えているのだ。
だが、お彩は敷居をまたごうとはせず、顔をうつむけているだけだった。
「どうした? 具合でも悪いのか? 桜の時季とは言っても、今日はやけに暑いから―」
言いかけた父に、お彩は烈しく首を振って言った。
随明寺の山門へと至る通称「息継ぎ坂」(あまりに長くて急な石段なので、女子どもや年寄りは途中で息を継いで休まなければ最上階まで辿り着けないことで、この名で呼ばれた)
を降りた先の小さな茶店でのみ売っているが
、老婆がたった一人で作るため、一日に作る量が限定されており、この時季は茶店の前に行列ができるほどである。
伊八は、この桜餅がお彩の何よりの好物であることをちゃんと憶えているのだ。
だが、お彩は敷居をまたごうとはせず、顔をうつむけているだけだった。
「どうした? 具合でも悪いのか? 桜の時季とは言っても、今日はやけに暑いから―」
言いかけた父に、お彩は烈しく首を振って言った。

