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さくらホテル2012号室
第16章 みっちやん?


できることなら勤めも辞め、家にこもっていたかった。


「みっちやん?」


そんな日々のなか、夫がわたしの背中に声をかけた。彼はわたしを、お母さんでもなく、おまえでもなく、ずっと学生時代のニックネームで呼んでいた。
「なあに?」


振り向いたわたしに、彼はやさしい笑顔を浮かべた。昔から変わらない、柔和な微笑。
何度かそれに癒され、同じ回数、その優柔不断さに苛立った。


「少し、旅にでも行ってきたらいいよ。聡子と亮祐のことはおれが面倒見るから」


はじめ、彼の言葉の意味が分からなかった。
わたしのその表情を見て、彼は続けた。


「なにかあったんでしょ? 最近すごく疲れてるよ。俺になにかできるとしたら、こんなことくらいしかないからさ。少し気晴らしに出かけてきたらいいよ。
子ども達の飯くらいならなんとかするからさ」

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