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さくらホテル2012号室
第18章 思いもよらず

「なら…今日はアジから」
「へい」
大将は頷いて、ネタケースのなかから、アジの半身の柵を取り出す。長い柳刃包丁を柵に当てて、ゆっくりと確実に引く。ひと口分の刺身がスッと切り出される。包丁を柵と反対側に寝かせると、切り出された刺身がホウの木のまな板にポトリと倒れる。
そのネタの上の中心に、うっすらと縦の切り込みを入れる。
下ごしらえのできたネタを左手に持ち、そこに右手でひとつまみのシャリを乗せる。シャリの中心にすこし穴をうがち、手を返してネタとシャリを軽く握りこむ。
まな板の上に握りあげた鮨を置き、ネタの背の切れ込みにひとつまみの白さネギとおろし生姜。すりごまをほんのひとつまみ。そして煮切り醤油を一滴垂らして、ツケ台に。
流れるような手仕事。
きれいでしょ?
と、先生が言う。
出来上がりだけでなく、大将の指さばきが、とてもきれいたよね。
ええ。
先生がいなくなっても、こうして大将の指使いを見ながらカウンターでゆっくりくつろげる。
「へい、アジ」
大将のダミ声。
わたしは小さく礼を言って、出来上がった仕事を指でつまみ、口に含む。

