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さくらホテル2012号室
第12章 ほどける

「おいしい」
わたしはちいさくつぶやく。
「ありがとうごぜいやす」
大将が目を合わせずに答える。彼は長い柳葉包丁で、ピンク色の刺身の柵を切りつけている。
「シマアジで」
「少し季節には早いね?」
「初物です」
シマアジなんて、普段口に入ることのない魚だ。
先生と大将の会話を聞きながら、ツケ台に供された美しい鮨を眺める。銀色にわずかに浅緑の縁取りの入った皮目の下に、淡いピンク色の身。大将が煮切り醤油を刷毛で引いてくれて、
「そのまま召し上がり下さい」
と。
口に含むとむちっした歯ごたえの後に、強い旨味が広がってくる。シャリの甘みとよく調和して、例えようもない幸福感が訪れる。
「初物なのに旨味が強いね」
先生が言う。
「二日ほど、寝かしておりやす」
「道理で。身がしっとりと柔らかいわけだ」

