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おんな小早川秀秋
第1章 乱世の匂い
 






 『あき』には、瞼を閉じれば忘れられぬ人が二人いる。一人は、羽柴秀俊という名の若い武士だった。

 彼は、月明かりもない夜の森の中を泣きながら走っていた。追っていたのは、彼より一回りも二回りも年上の男達だった。男達は皆、帯刀を許される身分の者だった。

 男達は小さな彼よりも長い足と大きな体躯で、いとも簡単に彼を捕まえた。泣き腫らした彼の瞳は、恐らく赤く腫れていただろう。か細い声は荒い息と鼻水のせいで、殆ど聞き取れなかった。

 一言だけ確かに聞き取れたのは、「助けて」という力ない言葉だけだった。だが男達は、彼の細い手首を冷たい土に押し付け、暴れる体の上に乗り、そして震える喉を掻き切った。

 一瞬だけ、彼の悲鳴が響いた。だが音もなく噴き出した血飛沫が、彼の声を掻き消した。

 男達は、続けて彼の鼻を抉り取った。まるで夕食の雄鳥を捌くように事を済ませると、足早にその場を去っていった。

 落ち武者狩り、などというものが流行っていたのは、あきが生まれる前の話である。後に太閤となる秀吉公が天下を手にしたその時、乱世は終わりを迎えたのだ。
 
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