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おんな小早川秀秋
第1章 乱世の匂い
戦の話など、あきにとっては虚構でしかなかった。だからこそ、目の前の現実を直視しても、すぐにはうつつだと認識出来なかったのだ。しかしすぐにこれが殺害現場と分かり悲鳴でも上げていれば、この森に転がる死体は二つに増えていただろう。男達が去るまで動けずにいたのは、あきの幸いでもあった。
そしてこの時、あきはまだ半信半疑であった。目の前の現実が、本当に現実なのか信じがたかった。あきはこの時、すぐ立ち去らずに彼の顔を覗いてしまう。それが、あきの不幸でもあった。
辺りに漂うのは、鉄錆の匂い。先日初潮を迎え女の体となったばかりのあきは、それが血の匂いだと知っていた。鼻は削がれ、目は飛び出し、苦痛にまみれた彼は、声を失った今も口をぱくぱくと動かしていた。
彼が何を思い、何を伝えたいのか。たまたま見かけただけのあきに、それが分かるはずがない。だが、彼は縋るようにあきの手を握る。そしてあきの手のひらに、滴る血で何かを書き残した。
「――遅かったか」
血にまみれた指も力を失ったその時、背後からまた別の声が響く。現れたのも、また武士だった。