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あいの向こう側
第3章 漂う
自分のデスクでPCを叩く。書類を作成し、
社員に手渡す。

発注のTELを受けて製造部へメールを送信する。




こうやって機械のように動いていると、
辛いことはまるで無かったかのように錯覚できた。



半年まえ、晩夏のこと。

秋に挙式を控えた朱里は、生理が遅れていることに気づいた。
朱里はストレスが酷くても毎月きっちり来るタイプで、ずれても1週間程度である。



1ヶ月無いなんて…
婚約者である智弘【ともひろ】とは、
挙式後同居する予定で、
朱里は荷物を小分けにして智弘のマンションに運び込んでいる最中だった。


2ヶ月め、
妊娠検査薬を使用するとくっきりと陽性反応がでた。たまにケンカをしながら、歩み寄り交際3年でプロポーズを受けた。


智弘は泣いて喜び、双方の両親・きょうだい・友人たちからも祝われ、
挙式+おめでたという最高の幸福に包まれた秋を迎える予定だった。





『宮野【みやの】さん!
3番TEL』

ぼんやりしていた朱里は、自分の名字を呼ばれて慌ててTELを取った。



肩まで切ったストレートの黒髪が受話器と頬に挟まる。

あのとき、
どうしてあんな行動をしてしまったんだろう。




陽性反応が出て直ぐ産婦人科を受診した。


予定を変えて先に同居をし、
智弘と健やかな空間を味わい始めた頃…


会社帰りの電車で、
老婆が箱を背負って杖を付いて乗車していたので、
席を譲ってあげた。
すると老婆は、
『お姉さん、
済まないけれどこれを運んで貰えんかね?』と背中の箱を床に置いた。


本当に何気なく…
(お年寄りには重いだろうな)と箱を抱えて運んであげた。


箱は果物でも入っていたのだろう。
ごろんと転がる音が感じられた。
重くもなく、
老婆と降りる駅が同じだったからしばらく話ながら荷物を持った。


帰宅し、
智弘を待ちながら夕飯を作っていると…………
下腹に激痛が走った。

「ぐっ…………」
声にならず、
菜箸を落として床にうずくまった。


痛みで涙が滲むなか、
這うように携帯を取り母親の番号をコールしたところで朱里の意識はこと切れた。






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