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あいの向こう側
第6章 水になる
数日間、翻訳作業に埋もれたあと。


わたしはスーパーに食材を買いに外に出た。



『んー………
何を買っておこうかしら………
あっ?』
リンゴを手に持つと滑り落としてしまった。


『あら、やだ』

しゃがんでリンゴに手を伸ばす。


『大丈夫ですか?』

男性の声がして顔を上げた。


スーパーの店員なのだろう。

緑のエプロンをつけた若い男性が屈み込む。

『すみません……
大切な商品を床に落とすなんて』わたしはひたすら頭を下げた。



男性はクスッと笑い、
『そんなに謝って頂くほどの値段じゃないですよ。
お客様、
いつもご利用して頂いてますよね?』
とわたしに訊ねる。


『は、はあ……
確かに週に3回ほどこちらで野菜を購入してますが』


『サービス!
リンゴ、お嫌いですか?』

わたしが首を横に振ると男性は歯を見せて笑い、
『持ってってください。
鞄に入れて』
とバッグにリンゴを入れてきた。



顔が間近に寄る。
男性が低い声で『………もし、良かったら……
食事でも行きませんか』
と囁いた。


わたしは男性の横顔を見た。

細面に、切れ長の目。
高い鼻。
痩せていて背が高い。

八重歯が覗いた瞬間、

わたしは『――はい。
良かったら、行きたいです』とシンプルな欲望を告げた。
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