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あいの向こう側
第1章 凪に沈む
『さっさと上がって寝よ』ザバッと湯船を出た。


漁師町の朝は早い。

手伝いといっても、
早朝5時にスタートする。


髪を乾かして化粧水を顔にはたき、
梅乃は床に着いた。






―――――――――
『あらぁ。
ユイちゃん?』
手伝いの帰り。


見覚えのある娘が大きなお腹を抱えて歩いている。


『あー、こんにちはー。
ご無沙汰してます』

娘の幼なじみであるユイ。

『おめでたね?大阪におるんよね。
いつ生まれるんね』


『来月には予定日です。
彩花【あやか】は東京やねぇ。
長いこと顔見てないなぁ(苦笑)』


長女・彩花は旦那さんの転勤で東京に住んでいる。

『筆不精やし、
連絡も盆正月だけやわ(笑)』

ユイと少し話して、
自宅に帰る。


洗濯物を取り込んでたたむ。
夕飯を食べてテレビを見ていたが、退屈を感じた。
『………ちょっと散歩してこよかなぁ』


上着を羽織りジーンズを履いて外に出た。

海沿いの田舎町の日暮れは早く、
街灯も疎らで夜8時には静かになる。


夜間交通事故防止の蛍光ゴムを足首につけて、
念のため懐中電灯を持ちプラプラ歩く。


春先のこの時期はまだ冷える日も多い。

10分ほど歩いて角を曲がる。

波の音が聞こえる。


『〜〜〜……!
〜〜い!』


(………?
喧嘩やろうか?)
波の音に混じり、
人の声がした。


『…………んん!』

(………あっ…………)
これは喧嘩じゃない。
夜の営みの声だ。


聞いてはいけないものを聞いてしまい、
足早に立ち去ろうとしてふと気付く。

隣に在るのは古いアパートだ。
オカベという隠居老人が大家をしている、
あの若い夫婦が住んでいるアパート………
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