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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第14章
「いや、扉の向こうからちょろちょろこちらを伺っているから、まるで人に慣れてない野良猫みたいだなと思って」
肩を震わせながら笑う匠海に、ヴィヴィは「なっ!?」と絶句する。
(の、野良猫呼ばわりされたっ!? こっちは一杯いっぱい悩んでるのに!)
むっとして踵を返して出て行こうとした妹の手首を、匠海がはしっと捕まえる。
「ごめんゴメン。あまりにも動きが小動物っぽくて可愛かったから――野良猫って言ってもあれね、毛並みの良い真っ白な子猫(kitty)って感じ」
笑いながらそう弁解する匠海に、ヴィヴィは小さく頬を膨らませてみせる。
掴まれた手首が熱くてその頬は薔薇色に染まっているが、緊張したヴィヴィは気づいていなかった。
「また、捕まえちゃった」
そう言って握っていたヴィヴィの手首をひょいと持ち上げた匠海は、ヴィヴィの顔を覗き込む。
「楽器弾きに来たんじゃないの?」
「あ、うん。ピアノ、弾きたくなって……」
匠海の指摘に当初の目的を思い出す。
「ちょうどいい、これ伴奏してくれない?」
やっと手を放した匠海は、目の前の譜面台からスコアを取り出すとヴィヴィに手渡す。
それはラフマニノフのヴォカリーズだった。
パラパラとピアノ用の譜面をめくり、内容を確認する。
初見だが伴奏は難しいものではなかった。
「いいよ……間違えるかもだけど……」
スコアを胸に抱きかかえてヴィヴィが返事をすると、匠海は
「じゃあ、準備できたら教えて」
と言い、自分も先程まで弾いていた譜面に視線を落とし、弓を構える。
引かれた弓からヴォンという重低音が響く。
篠宮家では匠海とクリスがチェロを弾くが、2人は兄弟にも関わらず、全く違う音色を持っていた。
クリスのは真っ直ぐな音――間違いや過ちを決して許さないような、ある意味「潔癖さ」さえ感じさせる澄んだ音色。
けれど稀にどす黒い、得体のしれない何かを感じさせる昏い響きを持つ事がある。
匠海のは深い音――まるで深淵に迷い込んだような一言では表せない複雑な音。
謳っている様に美しく響いていたかと思うと、まるで悲嘆に暮れて泣いているような響きを奏でることもある。