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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第14章
兄達が成長し、それぞれの本当の音を奏でるようになった頃、チェロの教師に、
「君達は、なんと言うか……面白いね――」
と言わしめ、驚かせた音だ。
しばし匠海のチェロに聴き惚れていたヴィヴィだったが、はっと我に返り。
指を慣らすためにスケール(音階)とアルペジオ(分散和音)を高速で弾き始めた。
途端に黒いグランドピアノから防音室に、音の羅列が散らばり始める。
匠海の前で緊張していたヴィヴィは音に満たされ始めると、だんだん落ち着きを取り戻した。
5分ほどして匠海に「準備できたよ」と伝える、ヴォカリーズの譜面をピアノの譜面台にセットする。
ちらりと匠海を伺うと、落ち着いた眼差しでヴィヴィを見つめてきた。
ヴィヴィは片方だけ細く白い指先を鍵盤に下すと小さく息を吸い、p(ピアノ)で和音を鳴らす。
すぐに静かな匠海のチェロが重なり合う。
ヴォカリーズとは歌詞を伴わず、しばしば一種類以上の母音のみによって歌う歌唱法を指す。
数あるヴォカリーズの中でも突出して有名なのが、このラフマニノフの一曲。
声楽では母音「A(アー)」のみで歌われる、ロシア音楽らしい悲哀を帯びた旋律をチェロで奏でる匠海に、ヴィヴィは淡々と和音を重ね、時折 対旋律を合わせていく。
(悲哀、悲恋、悲嘆――初めてこの曲を聴いた時のイメージは、そうだった)
そして初めてこの曲を奏でてみて、ヴィヴィはまた違う印象を持った。
悲しい恋の唄に思えるのに、哀しいだけではない何かがある――。
そこにはきっと、愛しい人のことを思っている時の幸福感も存在している。
ヴィヴィは匠海の指先から奏でられるビブラートに耳を傾けながら、自分の音を寄せていく。
短い動機の畳み掛けによって、息の長い旋律が導き出される。
(言葉にしてはならない――ヴォカリーズは、まるでヴィヴィのための様な曲――今だけはお兄ちゃんを「愛している」と一音一音で伝えよう。それ位は、お願い……。許して欲しい……)
匠海はきちんと妹の音に耳を傾け、ピアノの対旋律を引き立てて返してくれた。
最後のトリルを合わせ、静かに曲を弾き終わる。