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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第74章
その傍らに膝を付き、クリスの腕を掴んで「ねえ、大丈――」と続けたヴィヴィの手が、ぱんと音を立てて払われた。
「Schmutzig――っ!!」
そのクリスの鋭い怒声に、リンクがしんと静まり返る。
しかしそれも一瞬で、皆が口々に囁きあい、やがて周りがざわつき始めた。
ヴィヴィは振り払われた手をぎゅっと握りしめると、クリスに小声で囁く。
「クリス……、お願い。柿田トレーナーにちゃんと、足の状態、診てもらって……ね?」
「………………」
ヴィヴィは返事も視線も寄越さないクリスの傍から、付いていた膝を上げて立ち上がる。
リンクから出て行こうと滑り出したヴィヴィと入れ違いに、サブコーチがクリスの元へと滑って行く。
「おい、クリス、大丈夫か?」
「すみません……。勝手にジャンプ練習、して……」
二人のやり取りを聞きながら、氷から降りたヴィヴィは、エッジカバーをはめる。
顔を上げたその先に、ジュリアンが立っていた。
「ヴィヴィ……、クリスは何て言ったの?」
クリスが先ほど怒鳴った言葉は、ドイツ語。
英語と片言の日本語しか分からないジュリアンや、周りの人間には、幸い意味が伝わっていなかったようだ。
「ん? 大した事じゃないよ?」
困惑顔のジュリアンに、そう言ってにこりと笑ったヴィヴィは、「お手洗い行ってきます」と断って、リンクアリーナから出た。
リノリウムの床をきゅっきゅっと音を立てて歩く先、警備室の前を抜け、裏口から外へ出た。
人気のない、夜の闇が降りたそこ。
ヴィヴィは建物の外壁に背を預けると、いつの間にか詰めていた息を吐き出した。
吐き出しされた息が、目の前で白く煙る。
「………………」
先ほどのクリスの言葉が、脳裏を過ぎり、ヴィヴィの灰色の瞳が昏く濁る。
(Schmutzig――汚らわしい……、か……。
何も、言い返せないや……。
本当に、その通り、だから――)