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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第75章
どれほどの時間この場で、意味のない時間を過ごしていたのだろう。
例え兄が何千回と弾いたピアノに縋り付いていても、それは兄の広い背中の代わりにもならないというのに。
そこには暖かい温もりも無ければ、逞しい筋肉の上を薄く覆った柔らかい皮膚も無く、ましてやヴィヴィを惹き付けてやまない兄の香りも無い。
「………………」
ヴィヴィは突っ伏していた鍵盤から顔を上げると、その上を両の掌で隅から隅まで辿る。
冷たく凍えそうな、その固い感触を確かめるように。
(触れたかったな……。
最後に、抱きしめて、いっぱいキスして、
お兄ちゃんの全てを受け止めたかった……)
ヴィヴィはぎゅっと瞼を瞑る。
どれだけ時間を費やして考えても、やはり自分には決断出来ない。
怖いから。
自分の決断に、責任を取るのが、怖いから――。
だから、自分は一番最低・最悪な“決断”をした。
クリスに、委ねる――。
クリスが言う通りにしよう。
クリスが、兄との関係を断てと言えば、そうしよう。
クリスが、スケートを辞めろと言えば、そうしよう。
クリスが、自分の前からいなくなれと言えば、そうしよう。
そうか、そういう意味では、
自分は『クリスを選んだ』という事に、なるのだろうか――?
防音室を後にしたヴィヴィは、また裸足のまま3階へと戻っていく。
その足裏に伝わる冷たさに、華奢な肩を震わせながら。
下った時は、心地良ささえ感じていたのに――。
くすりと自嘲したその顔に宿るのは、泣き笑いの表情。
(また、自分に酔って……。もう、本当に滑稽だ……)
ぐしゃりとこめかみの横の髪を握りしめ、私室の扉を開いたヴィヴィは、その場で固まった。
顔を上げた視線の先、白いL字型のソファーに腰を下ろしていたのは、クリス。
妹が戻った事に気づいたクリスが、きしりと音を立ててゆっくりと立ち上がり、ヴィヴィを振り返った。
「………………」
ヴィヴィは何も言葉が出なかった。
ただその場に立ち尽くし、もう1週間もまともに口を利いていない双子の兄を、ぼうと見つめていた。