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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第76章
焦ったのと恥ずかしいのとで、わたわたするヴィヴィに、匠海が続ける。
『大丈夫。こっちはほとんど、日本人がいないんだ。誰も日本語、分からないって』
「そ、そう……。良かった」
(ヴィ、ヴィヴィも、抱き締めて貰いたいんだよ……? お兄ちゃんの逞しい胸に顔を埋めて、広い肩に、長い首に縋り付きたい)
そう思い頬を赤らめたヴィヴィに、匠海は妹の考えている事など全てお見通しといったように、端正な顔に笑みを湛え、画面のヴィヴィを見詰めていた。
(やっぱり、かっこいいな、お兄ちゃん……)
ヴィヴィがそう画面に見惚れていると、匠海が口を開いた。
『クリスと、喧嘩してたんだって?』
「………………」
匠海のその言葉を聞いた途端、ヴィヴィの浮き足立っていた心が、すっと冷えた。
(ああ……そっか……。それで電話、してきたんだ……。
じゃなきゃ、お兄ちゃんからヴィヴィに電話してくるなんて事、無さそう……)
『ヴィクトリア?』
黙り込んだヴィヴィに、匠海が心配そうな表情で呼び掛けてくる。
「あ、うん。もう、大丈夫。もう、元通りだよ」
そう言って笑ったヴィヴィに、匠海がほっとした表情を覗かせる。
『そうか。良かった。……ヴィクトリア?』
「なあに、お兄ちゃん?」
ヴィヴィは微笑んだまま、首を傾げる。
『何かあったら……、いや、何か無くても、俺を頼れよ?』
「お兄ちゃん……?」
(……どうしたの……?)
『俺はお前の “お兄ちゃん” なんだから』
そう妹を諭すように言ってくる匠海は、昔の優しい兄の顔をしていた。
「うん……ありがとう」
ヴィヴィは小さく頷くと、笑みを深くした。
(そんなの、もう、無理だよ……。
お兄ちゃんをヴィヴィの “お兄ちゃん” じゃなくしてしまったのは、
ヴィヴィなんだから……)
『スケートは、順調か?』
「うん! 今日まで3日間、有明コロシアムで、ショーやっててね? それで――」
ヴィヴィは可愛い妹を演じながら、匠海に嬉しそうに、今日まであった事を話し続ける。
(ねえ、知ってる、お兄ちゃん?
ヴィヴィ、お兄ちゃんとクリスを天秤に架けて、クリスを選んだんだよ――?)