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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第80章            

 各スケーターが、一人で盛り上がっているヴィヴィを遠巻きに見つめながら、そうぼそぼそと呟く中、日本代表のアイス・ダンサー、マリア渋谷だけは違った。

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる――」

 米国育ちにしては、枕草子をすらすらと暗唱してみせたマリアは、後ろからヴィヴィの頭に拳を振り落す。

「いたたっ え……? マリア?」

「キャーキャー言ってないで、早く着替えないと。もう開演15分前だよ?」

 そのマリアの指摘に、ヴィヴィは灰色の瞳を見開く。

「えぇ~っ!? あ、ありがとうっ きゃ~っ タイツが絡まったっ」

 一人でわたわたとアリスの衣装と格闘するヴィヴィに、

「これ、本当にフィギュアの女王……?」

と、マリアは肩を竦めたのだった。








 世界選手権2020のエキシビション。

 女子シングル金メダリストとしてトリを務めたヴィヴィと、男子シングル金メダリストとして大トリを務めたクリスは、フィナーレも終えると、会場の外で出待ちしてくれたファンにサインをし、急いでオフィシャルホテルへと戻った。

「あっ クリス、ヴィヴィ! こっちこっち~!!」

 ホテルのロビーの一角に陣取った両家の親族が、双子に手を振って呼ぶ。

「遅くなってごめんっ 間に合って良かった!」

 今回の世界選手権に応援に来てくれた親族の約半数が、今日の便でそれぞれの地元へと帰る。

 どうしてもその見送りをしたかった双子は、エキシビが終わってすっ飛んで帰ってきたのだ。

「クリスっ あれ、カッコ良かった! こういうの」

 母方の従兄弟のジョンが身振り手振りで、クリスのエキシビ――マイケルジャクソンのSmooth Criminalの振り付けを真似する。

「ああ、ハイドロブレーディング……」

 ハイドロブレーディング(エッジを深く倒し、体を非常に低い姿勢でほとんど氷に対して水平に伸ばして滑る)をエキシビの目玉にしているクリスに、男の従兄弟達は興味津々だった。

「あ~、俺も目の前で見たい。やってやって」

 父方の従兄のヒューまでそう言い出し、クリスは当惑する。 

「あれは、氷の上じゃないと、出来ない……」

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