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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第82章
「先シーズンは、本当にありがとうございました。『山の魔王の宮殿にて』、シーズン序盤からずっと評価が高くて。計算されつくした振り付けでヴィヴィも凄く滑りやすかったし、シーズン中ずっとやり甲斐がありました」
4月頭。
篠宮邸のだだっ広い応接室の中央に、ヴィヴィと振付師の宮田賢二が向い合せに腰かけていた。
黒縁眼鏡を掛けた宮田は、うんうんと満足そうに頷く。
「僕もシーズン中、どんどん進化していくヴィヴィとプログラムを見せて貰えて、とても幸せだったよ」
「最初の頃はアクセルも安定しなくて、ご心配をお掛けしましたが」
そう言って「ははは」と乾いた笑いを漏らすヴィヴィに、宮田は首を振る。
「ふ。そんなのはどの選手でもよくあること。今自分が出来る精一杯で、どこまで魅せたいものを表現できるか……、それが大事だと思うよ?」
宮田の言葉に全くその通りだと同感したヴィヴィは「はい」と笑顔で答えた。
朝比奈が入れてくれたコーヒーを勧めながら、ヴィヴィは話を進める。
「御足労頂いてすみません。今シーズンの振り付けの事をご相談したくて。こちらに来られる用があって助かりました」
「ああ。関東の大学生に振付に来てたんだ。で、どこまで決まってる?」
関西を活動拠点としている宮田だが、ヴィヴィは出来れば面と向かって彼に相談したかったのだ。
「曲は決めていて、SPがドビュッシーの『喜びの島』、FPがサン・サーンスの『サムソンとデリラ』です」
ヴィヴィはすらすらとそう曲名を応えながら、宮田のために用意した音源をテーブルに乗せる。
「へえ。サムソン……。なんか意外だけど、面白そうだね。これは全て、ヴィヴィの希望?」
宮田のその確認に、ヴィヴィは大きく頷いて微笑んだ。
「はい。今シーズンは、そうです」
「そうか」
短い相槌を返してきた宮田の顔には、ほっとした表情が浮かんでいた。
その宮田の様子に、ヴィヴィは先シーズン、どれだけ彼に心配を掛けていたかを身をもって悟った。
「宮田先生。ヴィヴィ、やっと分かりました。先生が出して下さった宿題の答え……」
ヴィヴィは真っ直ぐに宮田を見つめる。