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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第82章
「とても素敵なピアスですね。今日の装いにも良く合いますし、着けてパーティーに出られてはどうですか?」
そう助言してくれた朝比奈に、ヴィヴィは「今日は、やめておく」と返事をしてしまった。
そして、書斎のデスクの引き出しに仕舞った。
隣に置かれた、馬蹄型のネックレスと一緒に。
どうしても兄を思い起こさせるその金色の幸運のお守りは、英国の病院で外されて以降、一度も身に着けてはいなかった。
たとえ身に着けなくても誕生日プレゼントの礼はしなくてはと、ヴィヴィは1通のメールを匠海に送った。
それは英国の病院で最後に顔を合わせた3月半ば以降、1ヶ月半ぶりに兄と取ったコンタクトだった。
パーティーを終えたヴィヴィがPCでメールチェックをした時には、匠海からの返信があった。
『気に入ってくれたみたいで良かった。
また一つ大人になったヴィクトリアに、早く会いたいよ。
お誕生日、おめでとう。
心からのお祝いと、愛を込めて――』
その短いメッセージを読んでも何の感慨も持たなかったヴィヴィは、速攻メールを閉じた。
兄に次に会うであろう8月半ばまで、まだ3ヶ月と少しある。
まだ時間はある。
今の自分は、何も考えたくなかった。
何も感じたくなかった。
飛行機の外を見るともなしに向けていた灰色の瞳が、徐々に暗く曇る。
(逃げてるんだろうな、きっと……。傷つくことが、怖くて……)
逃げたってどうしようもないと、ヴィヴィ本人が一番分かっていた。
ただそれだけ、心身に負った傷は大きかった。
時間が必要だったのだ。
心も身体も一度フラットな状態に戻す為の、治癒の時間が。
そうして心の奥底の扉は、かねてから存在していた見えない障壁と共に、ゆっくりと匠海に対して閉ざされていった。
約15時間掛けてミシガン州カントンにある、アークティック・フィギュアスケート・クラブを訪れたヴィヴィは、マリーナ・ズエワに振付を施して貰った。
今季のSP、ドビュッシーの『喜びの島』。
彼女は初めて自分のホームリンクを訪ねたヴィヴィを、温かく迎え入れてくれた。