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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第82章
「ヴィヴィ、パウダールーム、行ってきます」
ヴィヴィは腕時計で時間を確認し、座り心地の良いソファーから立ち上がった。
「ああ。……倒れないでね?」
3月にバーミンガム空港のパウダールームで、自分が倒れてしまったのが脳裏によぎったのだろう、そう念押ししてくる牧野にヴィヴィは苦笑した。
「ふふ。じゃあ、スマホ持って行きます」
「そうして」
バッグから再度スマホとハンカチを取り出したヴィヴィは、パウダールームへと向かった。
用を済ませたヴィヴィは、頭の中が混沌としていた。
何も考えたくないのに、考えてしまう。
何も感じたくないのに、感じてしまう。
苦しさ。
哀しみ。
焦り。
怒り。
喜び。
苦悩。
それら全てのものが頭の中でない交ぜになって、どこから考えていけばいいのか、何から手を付けてその感情と向き合えばいいのか、それすらも分からない。
「………………」
シックに整えられたパウダールームの洗面台で、ヴィヴィはじゃぶじゃぶと音を立てて顔を洗った。
少しでも頭がクリアになれば、ショート寸前の思考回路を冷却出来れば……、そう思いながら。
1度の乗り換えも含めた長いフライト時間、その殆どの時間を勉強に費やしたヴィヴィは、さすがに疲れてビジネスクラスのシートを最大限倒し、眠りについた。
隣に座っていた牧野も、先ほどまでPCで仕事をしていたみたいだったが、今は目を瞑っていた。
夢の中のヴィヴィは、暗闇の中にいた。
どこへ向かっているのか、行く当てはあるのかないのか。
ただふらふらと暗闇の中、歩を進めていた。
その心を突き動かすのは、ただ「前に進まなくちゃ」という信念ひとつ。
ふと顔を上げた視線の先、暗闇の中にうっすらと光がちらついるのを認めた。
視線を凝らして注意深く見つめていると、それは歩を進める度に一歩一歩近づき、光が強くなっていた。
「あそこに行けば、いいの……?」
微かに首を傾げたヴィヴィはぐるりと辺りを見回すが、やはりそこに広がるのはどんよりとした重苦しい暗闇ばかりで、目指すべき場所はその明るい光の先に思われた。
ふらふらと心許なかった歩みが、やがて力強く意志を持ったものに変化していく。